劇団離風霊船 山岸諒子の徒然をつづる雑感ノート 「ラ・ヴィータ・ローザ」です


by rosegardenbel
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イヴのつぶやき ~sequel 2

やばい。
本当にやばい。
あたし一人、後れを取っている。

ブログなんか書いてる場合じゃない。
がしかし、吐き出さずにいたら頭の血管切れそうで、眉間のシワも増えそうで、、

稽古は本当に楽しくて、巧い人ばっかりで、凄いクオリティで、
だから見ている分にはこんなしあわせな稽古場はないのだ。
けれどそういう人々の集まりだから、とにかく早い。
進みが、早すぎる。

動きもつけた本読み稽古、まだそのはずなのに、
四谷に入った時点でもう幾人かは完璧にセリフが入っていて---それも長くてたくさんのが、
三日目の今日は、ふと気づいたらほとんどのキャストがホンを離していた、
鴉夜さんも、年内はホンを離しそうになかった保香ちゃんまでも。
しかもみんなよどみなく、ノッキングすることもなく、
これって、もう立ち稽古じゃん。

ホンを持って立っている自分がノッキングを起こすって、、腹立たしいやら情けないやら。
今日のそんな往生ぶりを露見させたことで、
急に周りから人が引いていったように思えてしまって、、もちろんそんなことはないんだけど、
でも、癸發兒さんが飲みの席でつきっきりで優しいアドヴァイスを下さったことで、
ダメダメ確定なんだな、と実感してしまった。

遠慮がちで、声が小さいしキレが無い、そう言われた。
遠慮がち、なんてものに見えるのか。。
いやいやそれどころでなく、萎縮してるって言われたんだ。
萎縮って、、そんな心配かけちゃってるんだぜ?
冗談じゃないよおまえ、そんなふうに見えるようなことしか出来てないんだぜ?
今の自分はそんな体たらくってことだぜ?
いつもの何倍もパワー出してるのに。

まあ、そうなのだ。確かに。
遠慮というよりは、実は正面の取り方がわかっていないのだ。
人を押しのけてまで前へ前へというものが、自分には圧倒的に足りないのだ。
それはこれだけの現場では、萎縮にしか見えないのだ。

稽古でこんなに調子が上がらないなんて、、、
システムが違うからだろうか、10分のシーンに1日かけてしつこく創っていく、
すると必然的に台詞は稽古の中で身体に入っていく、
うちのそういうやり方のほうが特殊なんだろうか。

けれど、この1月の怒涛の通し三昧の現場でも台詞が出ないなんて無かったことなのだ。
あのときは、どうしてたんだっけ、、今よりセリフ量もシーン数も格段に多かったのに、
セリフで苦労した覚えがないのは、、

そうか、あの役は自分に合っていたからだ。
役が通っているから、セリフの間違いなど簡単に修正できるものだったんだ。

今回の役は、、面倒臭いんだあたしにとっては。
パワフルに場をかき回して切り込み隊長やってくなんて、もっとも不得意なことなのだ。
だけどあたしをキャスティングしたということは、
はためにはそれが合って見えるということなのだろうよきっと、
そういう期待を抱かせるガタイになっているということなのだ。

いったいどのぐらい単純に力押ししていくべきなのか、それが分からない。
それだけではあまりにも単細胞にすぎてやり甲斐がないと、思っている自分がいるのだな。
どこかどこかで複雑な綾を見せたいと欲求している自分がいるのだな。

そんなものはこの役には必要ないのだろうか。
徹頭徹尾シンプルで元気で、ノープロブレムな女で通すべきなんだろうか。

癸發兒さんの、おまえの役は常に強く在れという助言は確かにその通りで、
それは自分が相手役への気の持ちようを修正する前にやっていたことに戻せばいいだけだから、
それは出来る。

密かに狙っている4場の恋心のシーンも、
演出が欲しいのは場の勢いを加速させていくことなのだから、
ぞんざいに、冗談めかしただけで本音を見せないという作りでも、そうだ、恋心は成立するのだ。
ほんの一瞬、その思いが見えればいいだけ、それも、こまかく見せる必要はなくて、
不自然な断ち切り方を一度だけすれば、たぶんそう見せられないことはないのだ。

明日は馬鹿みたいにパワー一辺倒でやってみようか。。

弥陀羣さんが言ってくれた、肺病やみの女房への同情心からでなくその亭主への怒りで言えば、
もっと鋭くパン!とセリフをぶつけられるんじゃない?という、あれも、
弥陀羣さんは好意的に同情心というところで取ってくれたのだけど、
実はあたしは、自分の過去と現在を引きあわせてブルーになっている様をやりたかったのだ、
がしかし、つまりはそんなものは見えてないということだ。
弥陀羣さんの助言はその証明なのだ。

一番シンプルなところを全うする方が、もしかしたら自分のやりたいことも伝わるのかもしれない、
むしろ。
というような現象は起こるんだろうか、単純にやることで、
むしろそうなるんだろうか。。

わからない。

わからないから、明日は基本に戻ってパワーのことだけを考えてやってみよう。
何かが見えるかもしれない。
それには、

セリフ入れろよ完璧に!

もう、役が通せないからだの何だの、四の五の言わずに機械的にでもなんでも、
完璧なセリフを吐くのだ。

出来ない奴は軽蔑される。
やがて誰からも相手にされなくなる。
何がメインキャストだ、何が二番名前だってことになる。
それがこの世界。

だからみんな、どんなにキャリアのある人でも、いやむしろキャリアのある人ほど、
そこには神経を尖らせて完璧に仕上げた状態で稽古場にやってくるのだ。

あの癸發兒さんでさえ言ってたじゃないか、毎晩眠れねんだよなぁ、って。
寝てもハッと気づいて1時間ぐらいでまたごそごそ起きだしちゃうんだよなぁ、って。
鴉夜さんだってそうだ。
毎朝6時まで起きてるのは、鴉夜さん曰くのグダグダひとり酒をしてるだけじゃないことは、
その間に頭の中にどれほどのものが渦巻き、思いつき、行動してみる、
その繰り返しをやっていることは、稽古場での進歩を見ればすぐに分かるじゃないか。

眠れないなんてのは当たり前のことだったんだよ。
自分の気が小さいからかと思ってきたけどそうじゃない、役者ならそれが自然だったんだよ。
今のこの時間もきっと、起きているメンバーの方が多いんだ。

ダンスだってそうだったじゃないか。
眠ってても踊れるようになれとは、あの芝居でさんざん言われていたじゃないか。
自動的にクチをついて出るほどの処にまで持っていかなければ、台詞なんて操れないのだ。
実際、胖さんや鯔發くんを見ていれば、それはすぐに感じることじゃないか、
癸發兒さんだって、家でどれだけの努力をしてきているか、
それが当たり前の下準備、そういう認識の人たちばかりの現場なのだ。

・・・なんと甘ちゃんだったことよ。

しあわせなことだ。
こんなにも、こんなことで、見ているだけで切迫させられる現場なんて、初めてだ。
自分が頼りにできるのは自分だけなんだからよ、癸發兒さんのこの言葉は重い。
50年のキャリアの裏側を、こうして開示してくれているんだもの、
それをいただかなくてどうする。

プライドに懸けて、足手まといから脱却してやる。

目力。
眼力がまるで足りてないのだ、てかこれまではそこに行くことさえ考えられてなかった。

けれど見ただろう、保香ちゃんのあの巫女がかった集中を。
煮え湯をかけられて狂っていく、あんな繊細なシーンが明るくて強いこの人に出来るのか、
そう思っていたのに、
とんでもなかった。
ガサガサとした粗い稽古の最中に、パン!と突然集中して号泣しながら台詞を言った。
自分もそのタイプではあるけれど、自分なんて足元にも及ばない力量の差が、よおく解かった。。

彼女の目は、休憩中も飲んでいるときでさえも、強い。
あれが、あたしにはない。

目力。
稽古場に臨む正しい姿勢はそこにこそある。
おのれを信じる気持ちと、意思のチカラ。
今のあたしに足りないものは、気概だ。

眼力を宿す。

千穐楽まで、眼力を薄めさせない。
自分を鋭ぎすませて、自分でそういう稽古を創るのだ。

寝る。
さあ寝るぞ。
死に物狂いで寝てやる。

明日のために。
明日勝つために。












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by rosegardenbel | 2013-12-15 00:00 | ラ・ヴィータ・ローザ