劇団離風霊船 山岸諒子の徒然をつづる雑感ノート 「ラ・ヴィータ・ローザ」です


by rosegardenbel
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~ 楽 RAKU ~     

                      *  *  *
  

ふんっ、と気合を入れて踏みだすようなコトには、
あらかじめどん底を想定して向かうと、
あら、そんなこと一つもなかったじゃん~?
ってなことに、結果、なる。


反動ってやつですかね。


別にそこ、ネラってやってるわけでもないのですが、
石橋(を叩いてわたる)系の丸諒の場合、
そういう、ヨイ拍子抜けに、よく遭遇します。

なんだぁー、ぜんっぜん大丈夫だったじゃん~、と思えたときにゃぁ、
気持ちもウソのように晴れ上がっちまったりして、楽~になって、
舞い上がる、舞い上がる。


反動ってやつですね。 (^o^;)ゞ


どん底想定のさなかが、一番どん底ってことなのか、
ということはね、ふむふむ。

ってことはですよ、どん底想定モードに入ってきたら、
夜明けは近い!
ってこと、、、ってことですよね。(←この辺りの表現が石橋系 (^o^;) )

よし、わかった。

独り納得、独り安堵。(笑)


いやいや、ちょいとばかりですけど、
どん底との付き合い方が分かったのは、ウレシイですよね~、
病いの巧妙だな。

あ、もう具合はよくなってきてますので、すみません、
日記の間隔もあいてしまってご心配をおかけしましたね、
本当に、ありがとうございました。



去年の夏は、個人主義について考えてたんですけど、
それがひとつ深まったみたいで、今年は仏教にハマってるんですよ。

といっても、もっぱら読書レベルでの話で、
実践は、とてもとても、、、この煩悩満艦飾の人間には無理です。(^o^)ゞ



ウチは曹洞宗なんですが、じゃあ果たして禅ってどういうものか、
誰が開いた考え方なのか、てかお釈迦さまってどゆ人だったのさ?

なーんにもわかってなかった、これってもったいなくね?

なんて、若モノ言葉で鼓舞された自分に出会いまして。(笑)


いや、同じ禅系の臨済宗のお坊さまにして、芥川賞作家でもおられる、
玄侑宗久(げんゆうそうきゅう)さんの『ベラボーな生活』というご著書が、
とてつもなく面白かったので、それがキッカケになったんですけどね。



個人というものを考えはじめると、どうしても他者とのことに行き着くわけで。

思うに、去年あたりから、見かけの問題などを掘り下げているのも、
その辺りのことを、無意識ながら感じていたからかもしれません。

自己充足と他者承認の問題というかね。

さすがにこの世界には、その辺りの答えが、いっぱい、
用意されているわけですよね。



今のところ、玄侑さんと瀬戸内寂聴さんを軸に読んでますが、
お二方とも、やさしくわかりやすい語りかけで書いてくださっているので、
すーっと、水のように、古来の思想が沁みてきます。

日々のあれこれを、ほぼ自力で解決しなければならない現代人には、
仏教を知ることはお勧めできますねぇ。



あ、蛇足ながらのお断りですが、
信者になりなはれ、とかってことではないですからね。

人に強要するものではない最たるジャンルですし、丸諒も無信仰者、
学問として追っているだけなんで、これは気楽な随想として読んでください。



それがね、今、触れてみている中で、あー、と思ったことがあって。

幸せになりたい、って言うでしょ、みんな、
目標は幸せになることです、って、普通に、ごくささやかな望みとして。

これ、欲なんですってよ、仏教では。

なんと、幸福になりたいと思うほど、不幸になるんですって。



って聞くと、ツボかなんか売られそうなインチキ宗教の手口みたいだけど(笑)、
そういうことではなく、
幸福かどうかは、その人の心持ち次第で決まるものだから、だそうで。


恐れとおんなじかもしれないんですけど、幸福も、イメージでしかないんですって。

そして、「目標」とは、欲なんですって。(@o@)/



実態のないものを欲しい欲しいと思っても、つかめるわけないですよねぇ、
たしかに。

たいがい、幸せっていうのは、自分の外側の充実のことを言ってるらしく。



素敵な恋人をみつけて結婚して子どもを生んでいい家に住みたい、
これ全部かなったら、嗚呼しあわせ…

では終わらず、
亭主はハゲて自分は肥えて、子どもはバカだし家はボロだし、となったら、
増毛させなきゃエステいかなきゃ、いい塾に通わせて家はリフォームして、

ってお金がたりないっ、ひとつも実現できないっ、こんな生活イヤーっ、
もっと幸せになりたいーっ、と。



幸福欲求のデフレスパイラルってやつですか、人は簡単にこれに陥るそうで、
しかも、この本当の恐ろしさは、キリがないこと。

「目標」って、達成したら上方修正しちゃうものだから。

もっともっと、上へ上へ、、、
いつまでたっても欲求不満ってことですよね、これはかなり、不幸でしょう。



追いかけても追いかけても、絶対につかめないまぼろし、蜃気楼、
それが、「求ム:幸福」というものの正体なのだそうです。

もしかしたら、拒食症とかもこの辺に関係してるかもしれませんけどね。



かといって、なんだか昨今流行り加減の、
身の程を知れ、身の丈でつましく生きろ、ってな、
みみっちいことを言ってるわけでもないんですね。

仏教的に目指すべき理想形は、楽、なんですって。

ハゲだわデブだわバカだわボロだわ(すごい言い様だなぁ (^o^;) )、
いや、ほんっとそうよね~、あっはっはっは、
って笑ってられるのが、いちばん美しく、いちばん素敵な在り様なのだそうです。



だから、仏教世界の最上階は、極楽。

天国じゃないんですよね、楽の極み、なんです。



楽っていうのは、自分の内面が充実している状態のことで、
外側の豊かさ乏しさは関係ない。

内面的な幸福がほしいっていうのは、実は、楽になりたいってことなんですって。

お風呂につかって、それこそ「はぁ~あ、極楽、極楽」とか言う、ね、
あの間は、満たされきってるでしょう?

ああいうシンプルな状態、気持ちいい~、ってだけの状態が、純粋楽。(笑)

どこにでも転がってますよねぇ、その気になれば。。。



やっぱり、快感を追求することって、悪いことじゃないんですね、
なんかすっかり自己チューなイメージになっちゃってますけど。

もちろん、いわゆる慈悲ってやつですか、他者を思いやる気持ちが、
大前提なわけですけどね、仏教なんで、さすがに。

でも、単純なことですよねぇ、考えてみれば、
他人にやさしく、自分にもやさしく、ってだけなんだもんな。



ああーそうかぁ……人にやさしく自分に厳しく、は、
儒教的な考え方なんだな、そして儒教は、管理する者のための思想なんだ、
わかってきた、丸諒は好かん、これは。(笑)

そうして、このところの丸諒の心持ち、
目標を設定してそこに向かって努力する、って、どうも違う、何かおかしい……
と思うようになった、あれは仏教的には叶ったことだったのだ。


ああ~、よかった、間違いじゃなかった、すっごい安心したー。(笑)



だって子どもの頃から、
まったくもうあんたは、楽な方へ楽な方へいって!
って怒られてきたから、楽することに罪悪感を持ってきてたんでねぇ。

それに、目標設定って、イコール向上心だと思ってきたから、
目標を持たない生き方をするのって、じゃ、邪道?という不安もあったし。



たしかに、あんまり若い内から楽な方ばかりにいくのはいけないね。

というか、もったいないよね。

エネルギーが充満しているときは、いっぱい叩かれた方がいいと思う。
鉄は熱いうちに叩け、ってね。



でも、よりよき人間になりたい、っていう本当の向上心には、
欲は絡まないんだな。

修行に近いあり方というか。

修行ってごく個人的なものだから、
見栄やプライドだけで続けられるものじゃないでしょう、
むしろそういうものを捨てていくことなわけで、欲とは違う質のものですよね。



だから、純粋向上心は、生涯持ち続けた方がいい。

たぶんその方が人生楽しくなると思うし。



でも、ある程度になったら、楽も、追った方がいい。

たぶんその方が、自分のため、人のため、人類のためになると思う。(笑)

苦しいことは、日々やってくるわけだけど、
苦しみを楽しむ、というような感じがつかめれば、それは楽にいれてる、
ってことかなぁと。



不幸のどん底にいても、楽にいれてる人って、素敵だ。

逆境に負けない、って、頑張ることじゃないんですね、
無邪気でいることなんですね。

やってきた鬼に、鬼となって対抗しても戦争にしかならないけど、
子どものように、どこまでも無邪気でいたら、鬼は力を失うですよね、きっと。

それは、相手を楽にするってことかもしれない。



・・・このあいだ、大変な状況で失意にある人に、
仁王立ちして迎え撃ってくれ、と言ってしまったのだけど、ごめんなさい!
間違いました。

楽にしてください。

お風呂に入ってでも、お酒のんででも、美味しいもの食べてでも、
なんでもいいから、気持ちよくいてください。



リラックスするのって、罪じゃない。

こんな大変なさなかに、自分一人安楽を求めるなんて人でなし、
そんな風に思うこと、全然ない。



楽な人のそばにいると、自分も楽になりますよね、
だから、、、自分の楽は、人を楽にさせてあげられる、ってことだから。

いっしょに苦しむことって、もしかしたら、自己満足の範疇を越えられないのかも、
・・・かも、しれない。

とても、危なげで語弊の多い言葉なんだけど、、、そんな気がしてきました。



自分が楽にいれば、
その方が遥かに大きなものが生み出されるんじゃないですかね。。。

ああ、、、もしかしたら、これが慈悲ってことなのかなぁ。

それやったら非常識でしょ、とか、そんな自分レベルのところではなく、
もっと大きな、大きすぎて見えないような、愛情の持ち方、、、なのかなぁ。



幸福は、なるものではなくて、いるものらしいですよ。

幸せになる、じゃなくて、幸せにいる。

幸せにしている、ってことは、楽でいるってことなんです。
と。



なれば・・・楽、追求しましょうよ!

少しでも楽な方に行きましょうヨ!

解禁ですよ、楽。(笑)



そう聞けば、楽になってきたでしょお?



お釈迦様は、この世の中から苦しみをとりのぞきたかったわけで、
みんなで楽に生きようなー、って、それだけを目指してたわけで。

単純な方へ、単純な方へ。
ね。。。



なんと大きな光でしょう。



やはり、侮れませんね、仏教。

だってなんか、生きる力が湧いてきた。


ってアンタも、ほんっと単純だよ。(笑)

でも、ってことは、いいトコいけてるんですよ。
ネっ-☆




                      *  *  *
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by rosegardenbel | 2010-06-23 00:00 | ラ・ヴィータ・ローザ
                      *  *  *
  


あまりマイナーな日記は、なるべく書くまいと、
してはいるのですが、ちょっと今回は、思うところがあり。。。

いや、今、週末から落ちちゃってまして、ってまあ、例のアレ、ですけど。

また発病というか、発症しました。

この身体は、、、どうしていつもこう急変するんでしょう、
いきなりニッチモサッチモ行かなくなって、、、ほとほとイヤになる。



どの症状も、外出ができなくなるだけで、他はこのとおり元気なわけで。

そこに非常な不安を覚えるわけです、
発症自体も腹立たしくはありますけど、それ以上に。

この、出かけられないという頻度が、あまりにも高いのが、、、

もはや、人さまからの信用を、完璧に失ってるよなと。。。



昨日ね、義理のある人の芝居にいく予定だったんですけど、
またもスルーということになり。

それでね。

もおおお、またかよっ、と、自己嫌悪の嵐、ふきすさび、悲しさ、きわまり。(笑)

って、笑いごとじゃねんだよ。
なぜ、こういうときにかぎって出るんだよぅ、嗚呼。。。。。。(_ _|| )

今回は、なんだかいつも以上に落ちちゃいましたね。



どんどん孤独になっていくなー。
なんてな。

自分が、どれぐらいの人と、どれぐらい親愛関係を築けているのか、
わからない。。。

自分は好きでも、こんなことじゃ、もう相手にしてもらえてないと思うし。

でも、ほんとに、出かけられないときは出かけられないんだよ。
嘘でなく。



病む人間の気持ちは、丈夫な人にはわかってもらえないから……

それは当然なんです。
その方が幸せなことだし、大局的には。

調子いいときには、それこそ調子にノって調子いいことしちゃうから、
よけいに、
いきなり具合悪くなったっていっても信じてもらえるわけないんだし。

この問題には、もうここ5年ばかり、本当に悩まされていて。



でも、わかってきた。

義理を果たすから人望が生まれるわけじゃないんですね。
それはほんの一断面。


たぶん、愛されてれば、不義理なんて大きな問題にならないんだな。


人さまが勝手に愛してくれるわけはないんで、
結局は、自分が普段、なにを提供しているかという、そこなんですね、、、
そうですよね。。。

それに気づいたら、ちょっと元気が復活してきました。

よかった。



なにせ、この異様に落ち込むことが、発症原因のひとつでもあるので、
いーかげんなタチになる、っていうのは至上命題で。

でもね、あたしにとって、いーかげんは、
とことん追ってからでないと、手に入れられないんです。

ちゃんと自分の腑に落ちないと、こんな当たり前のことでもできない。

損な性分です。

でもたぶん、5年前よりは、一歩ぐらいは進めた、と思えた、今日。

ほんと、よかった。
ちょっと夜明け。(笑)



不義理をしてしまった皆さま、たぶんこれからしてしまうだろう皆さま、
本当にごめんなさい。

何も、良さげな約束はできないのですが、
あたしに出来ることを、さしあげたいと、心から思っています。

これは、いーかげん発言じゃありません。(笑)



あー、そろそろライトにかっこよく、風のように生きたいなあ。。。





                      *  *  *
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by rosegardenbel | 2010-06-14 00:00 | ラ・ヴィータ・ローザ
                      *  *  *

  


みなさんは、不思議ばなしって持ってますか?


  見えないはずのモノを見てしまつた、、、とか、

  説明のつかない体験をしてしまつた、、、、とか。

  ひゅる~~~。(笑)


いえね昨日、丸諒のふぇいばれっとドラマ『ゲゲゲの女房』を見ていて、
あら、と思い出したことがありましてね。


その回は、主人公のしげるさんが、雨の帰りみちに、
通り抜けようとした墓地の中を、自転車で一晩中ぐるぐるするハメになった、
というエピだったんですけど。


走っても走っても、なぜだか出口がみつからず、
朝になってようやくおうちにたどりついた。

それを見て、


あ、コレ知ってる知ってる、ソウミロクサン金縛りだ!


丸諒、ピーンときました。

子どものころに、川越の伯母から、この話、聞いたことがあったんです。

それは伯母のご主人の体験談。



  呑んで帰ろうとして、ふいにいつもと違う路地にはいったところ、

  歩いてるうちに、どんどん疲れてきて。


  そんなに呑んだかぁ?妙だなぁ、と思いながら、

  歩いても歩いても、どうしても、なんだか家につかない。


  もう、のどは渇ききってるし、ゼーゼーだし、足は痛くて耐えられないのに、

  早く帰らないと!の一念だけで、暗がりの中をひたすら歩き続け。。。

  そしたら急に、



  「エダさん!」



  背中をバンと叩かれて、気づいたら近所のお馴染みが目の前にいて、

  まわりはいきなり朝になってて。


  「どうしたの、さっきからずーっと同じところぐるぐる歩いてるよ?」


  おじさんは、非常にガタイのよい人だったのだけど、

  担ぎ込まれるようにして戻ってきて、そこからほんとに1週間寝込んだって。


  伯母があとで話を聞いてみたら、


  「あのとき、路地に入ってすぐ、お稲荷さんの祠の前を横ぎったんだよなぁ…
   どうもオレは、ソウミロクサン金縛りに掛かったらしい。」




え~。。。お話を聞いて、ちいさい丸諒、びっくりです。

かなしばり、かなしばり、、、狐さんが憑いちゃったんだぁ!


     だからね、暗くなってから、あんた一人のときに、
     いつもとちがう道を帰ろうとしちゃいけないよ

     そこに神様がいたらお辞儀をして、
     通らせてくださいって、必ずお願いするんだよ


丸諒、おおきくなってもコレ、守ってます。(笑)

だってこわいじゃ~ん、精魂つき果てて、ほんとに寿命減らすっていうし~。



ソウミロクサン金縛りにあったときは、人に背中を叩いてもらうと祓えるんです。

でも、今のひと、このこと自体を知らないよね、、、
そっちの方がある意味、こわいなぁ。(笑)


  『知り合いがなんだかおかしくなってたら、とりあえずババン!と叩く』

これ、生活の智慧としておぼえておきましょうネ。(ほんとかよっ (^o^;)ゞ )


いや、でも、金縛りじゃなくても、
緊張とかショックで虚ろになっちゃってる人に、ワリと思わずやりますよね、
しっかりしろ!って。


あれあれ、正気づかせるには一番いいみたいですヨ。



考えてみればこれは、ゲゲゲのしげるさんと同じぐらいの時代の話、
ちょうど丸諒が生まれた頃のことなのです。


昭和30年代って、古い日本を持ったまま、敗戦のシッポをひきずっている人と、
いち早くアメリカナイズされて、近代化の波にのった人とが混在していた、
時代の地殻変動期だったのかもしれませんね。


丸諒も、白装束の傷痍軍人さんから、
「おじょうちゃん10円くれないかい」って言われたことありますよ。

片脚や片腕のないおじさんは、町には大勢いましたよね。


だから、都会のまんなかでも、そういうプリミティブなものを内包する隙間は、
まだあったんでしょうね。



このエダのおじさんは、マドロスさんだったんですけど、
三船敏郎を和顔にしたような、見るからに精力のみなぎる人で。


命のやりとりになるような土壇場に、本能的な強さをもった人だったらしく、
素手でヒグマと闘って殺っちまったという、
おそるべき武勇伝の持ち主でもあり。(笑)


また、なんだかしょっちゅう、人が溺れるのに遭遇して、
そのたび飛び込んでは、ケロッと助けあげちゃって、
家には警察からの感謝状が、山のけんまく。(@o@)/


それを、近所のコとかがおまわりさんのご厄介になるような事態になったとき、
持ってって、このコはオレといっしょにコレ(人命救助)やったからよ、
とひと言だけ、、、んで奪還してきちゃう。

人命救助の実績があると、軽罪なら見逃してもらえたんですって。



って、さすがに今はそんなことはあり得ないでしょうけど、
人助けがまた人助けの種になる、っていうのは、スゴイですよねえ。


でも、これは超裏ワザなわけで、そういうことを知っている一匹狼でもあった、
ということでもあり。


すごい話ベタで、愛想もなく、口より先に手が出るタイプということもあいまって、
一般には、感謝されるより怖がられることの方が多かったようですけどね。


でもそのぐらいなので、動物には異様に愛されたらしい。


北海道の原野に行ったら、これまたヒグマが、ずーっとついてきちゃって離れず、
しかたがないから川越まで連れて帰っていっしょに住んだり。(えー!)


いや、そもそも動物と住むために、ひと山買ってそこで暮らしてたぐらいなんで、
おじさんにはどーっチこともなかったでしょうけど、伯母は・・・ドーさそれ。(笑)



なんかね、動物の言葉?気持ちがわかったんですって。

猫とか犬とか、車にハネられたりすると、近所の人は病院じゃなく、
真っ先に、おじさんのところに診せにくるんだって。

大丈夫かイケナイか、自分で治せるか、聞いて飼い主に伝えるのだそうです。

おじさんの周りは、いつも動物でいっぱいでしたよ、
それも、クマ、サル、キジ、シカ、鯉、エビ、アヒル……どーゆーラインナップさ!



なんというか、常人のスケールを越えたヒトでしたよねぇ。

2回ぐらいしか会ったことはなかったけど、子ども心に近よるのも怖かった、
でもああいう人は、、、今もう、出ないでしょうねえ。

思えば、社会の裏側で生きるのを甘受していた人だったかもしれません。


次郎長親分みたいなあだ花の華やかさと、人を信じきれない悲哀を、
ないまぜにして抱えていたような、そんな人だった気がします。


夫婦別れしたので、あえて伯母に聞くこともなく来たけれど、もしかしたら、
戦争で色々変わってしまった一人でも、あったのかもしれません。




あら、思わずエダのおじさん話になっちゃいましたけど、
こんな人ですから、
ソウミロクサン金縛りにも、遭うの納得しちゃうでしょう?(笑)


ソウミロクサンカナシバリって、この音がスゴイですよね、
伯母の声音とあいまって、いっぱつでインプットされちゃいましたもんね。

いい思い出なので、どんな字か調べる気も、なんだか起きないんですけどね。



人とうまくやれないような生きベタな人って、
こういう不思議体験の持ち主が多い気がします。

そういえば、高校時代の地学の先生からも、似た話を聞いたことがあったなぁ。

戦時中、隊のお使いをすませた戻りしなにそうなって、朝になって発見されたけど、
鬼の上官たち、誰ひとり怒らなかったって。

・・・・・・。

思わず無言に。(笑)



で!
いるんですよ実は、この手のエピ満載のヒトが、ごく近い身内に。


母方の祖父なんですけどね、まーこれもとんでもないジイサンで、
だけど、人さまが聞けば、カッコイイっ、って思うような話かもしれません。


というところで、これは次回に持ち越し~。(笑)



しかし、不思議ばなしのつもりが、なんでこんなにエダのおじさんの話に???

なんだかとても書きたかったんだよな、
仏さまがしゃべらせたのかな~。


大人になってから、会ってみたかったですね。

でも、ひとときの幼い出会いだったのに、これだけ刻まれてる。



そんな、誰かの忘れじの人に、知らぬままなれていたら、
いいですねぇ・・・。




                      *  *  *
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by rosegardenbel | 2010-06-11 00:00 | ラ・ヴィータ・ローザ

ただいまです~!

                      *  *  *

   

いやぁ~、帰ってきましたよ初セッションの旅路から。

日記も10日ぶりになっちゃいましたね、
ほんとに必死の日々でした。



本番はといえば、はぁあああ~、キンチョーしたーっ。

マジで足が、ガ、ガックガクに震えっぱなし。


歌のあいだ中ドキドキしたままなんて、今まで体験したことなかったんで、
このおのれのカラダ現象は、ほんっと怖ろしかったです。



歌ったのは、“フライミー…”と“枯葉”、という王道中の王道。


このセレクトなら、初めてのお手合わせでも、
あたしもプレイヤーさんについていけるだろう、ということもあったのですが、

譜面的に簡単なものでないと、書き起こしができないっ (- -;)
という事情もあって、ええ。



スタンダードの楽譜ばかりが収録されている、ジャズ大全みたいな赤本があって、
それを基に自分のキーに移調し、一音一音書き直してマイ譜面を作る、

というところから、セッション準備ははじまるのです、が、

こっ、このイチョウが、クセモノで。 (- -;)


クラッシックから入っているので、楽譜は読めるんですけど、移調ってのは、、、
必要ない世界でしたからねぇ。


そんなソフトもいろいろ出てますけど、繊細な対応はできないんで、
結局は手作業しかないんですよね。



で、このときにプレイヤーさんたちのキモ、コードも、
移調して書き直すわけですが、このコード記号が、また非常にややこしい。


Em(イーマイナー)とか、FM(エフメジャー)とか、
E♭(イーフラット)とか、F♯m(エフシャープマイナー)とかとかとかとか、

AからGまで、大文字と小文字、♯と♭を間違えただけで、んじゃこりゃー?
という不協和音が出現しちまうわけで、細心の注意は必須なうえにも必須。


だいたいそれ以前に、

えーと、Cをぉ、あたしのキーでは4つあげる、ってことだからぁ、
C、D♭、D、E♭、E、5つめのEでいいわけ?って本ではC♯になってるしっ、

ええ?てことは、えー、D♭がC♯になって、D♯?でぃーしゃーぷぅはぁ、E♭?
のこと?は、はぐっ、、、よくわかんなくなってきた、、、

けっきょく、あたしのキーはなんて書けばいいわけ?(えーっ?!)


みたいな、あー、ここに書いてるだけで吐き気がしてくる(笑)数学的な何かが、
必要なのです、自分の譜面を起こすには。


慣れれば、とっても合理的なシステムなんでしょうけど、
ピアニストと組んでるステージシンガーは、知らなくても問題ないことなのでね。


セッションとステージの、一番大きな違いはここですよね。


演奏家のオリジナリティは、コード進行にこそ発揮されるわけで、
RYOKOのリーダーは野島氏なので、
ベーシスト琢磨仁さんへの譜面も、当然、リーダーが作っているのです。


でもセッションは、初顔合わせどうしのぶっつけ本番だから、
全員がひと目で共有できる譜面については、シンガーが責任を持つわけです。


なので、RYOKOにとっては、万国共通一目瞭然の形をととのえる、この旅は、
まさに苦行、荒行、ぢごく行。(_ _||)



なわけで、セッション参加が決まってからの10日間は、
もーね、音大受験生かいっ、てぐらいの猛勉強しましたよ。

なんとか清書にまでいたれたとて、ほとんど付け焼刃みたいなレベルだから、
ほんとに正しく表記されてるのか、いと不安なわけで。。。

セッションシンガーさんって、たいへん。



そんな、譜面のひるみを抱えつつ、当日にはこれまた更なる追い討ちが、、、

いつ名前呼ばれるかわかんないのよっ。


もー、待てば待つほど心拍数は上昇をつづけ、かといって呼ばれたら呼ばれたで、
針、いっきにビョビョーン!のマックス振り切れ状態。

ですもの。

そりゃぁ、足もガクガクになりますぁな、
ほんっとにステージやってる方が100倍ラク。(笑)

というか、肝心の歌に、まるで集中できなかったのが、せつなかったですねぇ。

不甲斐なしったら、あたしってば。(T T)

にしてもあれは、ほんとに独特の、ほとんどジャンル違いと言ってもいいぐらいの分野、
別のモードを鍛えないとダメだわと、つくづく感じました~。



いやぁ~、お初ということもあってでしょうけど、なのでこの期間中は、
ひとり狂騒曲、いんにゃ狂死曲じょうたい?

やっと緊張がほどけた昨日は、リガクいく前からすでに即身仏でした。(笑)

でもねぇ、参加してよかったです。


ステージをやっていた1年は、いろいろな迷いを抱えてたんですけど、
よくも悪くも自分にはスタイルがある、って確信できたので。


ほんっとヘタなんですヨ歌、あとで録音を聞いて卒倒しそうになったほど。

スキルもとても皆さんにはかなわないし。

でも、そういうことの前に、
自分はちゃんと表現者だったってことに、ホッとできたというかね。


ダメは、孤独の中で克服していくものなんだ。

それがしっかり理解できたことも、大きかったです。



移調譜面の正確さが不安だったので、耳で確認するために、
MIDIで、いわゆるカラオケも作ったんですね。

この作業中に、どんどん自分のフェイク(アレンジ)を発見していったことも、
大きかった。

これは今後もやっていくことにしました。

このぐらい手間ひまかけると、歌も自分のものになっていきますよね、自然と。

これが一番大事、一番ほしかった向かい方だったんだな。



初セッションは、とっても色々、心持ちを変化させてくれましたヨ。

今、本当にいろんなこと勉強したくてしたくて、むしゃぶるいしちゃってる。(笑)

方向がわかったので、純度の高い欲が出てきたんですね。


ちょうど今、リガクで深い腹筋に手をいれてるんで、
発声も、やるほど変化していくはずだし、これはもう毎日1時間はやる。

今までのレパートリーも見直して、フェイクのネタを増やすんだ。

それに、なんだか早く暗譜するコツに出会えたみたいなので、
新譜で試したいんだよな。

そうそう、歌詞翻訳も、
気になってる歌がどんな世界を描いているのか、出会うのが楽しみ~♪


うっわ~、やること満載じゃん!
こりゃちょ~っと、いや、かなり忙しいことになるな。。。


この夏は、ええ、禅僧のような修行の毎日を送るのが目標。(笑)

いや笑い事でなく、本気。


もう6月なんですねぇ、、、
再開ステージの企画も、そろそろのじけんに相談しないと。


本気の自分がうれしいです。


                      *  *  *
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by rosegardenbel | 2010-06-09 00:00 | ラ・ヴィータ・ローザ