劇団離風霊船 山岸諒子の徒然をつづる雑感ノート 「ラ・ヴィータ・ローザ」です


by rosegardenbel
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30

<   2009年 09月 ( 2 )   > この月の画像一覧

白洲次郎  

                      *  *  *
丸諒の関心ポケット (^o^)v

いや~、ついに見てしまいました、『白洲次郎』 全話。
NHKのドラマスペシャルです。

3部構成なのですが、春先に2部までやって完結編はしばしのお預けだったので、
どんだけ楽しみにしてたことか。

白洲次郎さんとはどんな方か、ぜひ、皆さまにご覧いただきたい!

明日21日から三夜連続、午後10時オンエアです。

丸諒は一足お先に、昨日BSで見ました。
もともと評伝を読んでいたので、ドラマ化されると知った時には、
ちょっと懐疑的だったんですね。

戦前に英国で個人主義を叩き込まれた人で、
およそ日本人のスケールを越えた存在なので、テレビドラマの枠にはまるかぁ?と。

しかし、あの局のドラマ作りの底力は、健在ですね~、
これだから丸諒、国営放送のファンやめられないのよね。

べ、別にまわし者じゃないんで、これ以上の力説も恥ずかしいんですが、
なぜにこんなに、一ドラマをオススメするかというと、

個人主義というものの在り様を、見ていただきたいからなのです。

夏の間に、丸諒はやたらチカラ関係の本を読んでたわけですが(笑)
結局みなさん、同じことを仰ってるわけです。

いわく、
自分だけの答えをみつけなさい、と。

白洲次郎もドラマの中で、ケンブリッジの教授から言われてるんです。

 「Mr.Shiras、君のレポートは、この本に書かれてあることを要約しただけだ。
  誰か一人の小さな頭で考えただけのことを、どうしてそのまま信じてしまう。
  それでは君が生きている意味がないじゃないか。」

というようなことをね。

日本人は集団主義ですよね。
自然災害が多い国では、助け合わないと生きていけないから、
何より怖いのが村八分だったりするわけで。

それが、個人行動を許さない、という弊害まで生んでしまったんでしょうね。

だって、個人主義って辞書で引くと、利己主義って書いてある国ですぜ。
ぜんっぜん意味ちがうって、てか逆だってばほんとは。

白洲次郎は、この辺とも戦うわけです。
世界から日本を守るために、当の日本人から叩かれちゃう。

個人主義の道は、過酷なのですね、この国では。

丸諒は、欧米礼賛派ではなく、むしろうつくしい日本派の方かもと思いますけど、
和を乱すことを恐れるがあまり、個人を引っ込めるこの感覚には、
もうほとほとちかれたびと、思っちゃってるのだすねぇー。 (- -)ふむふむ。

いや実際、村八分こわいもん。

だからいちいちいちいち逡巡するわけです、こんなこと書きながらも丸諒も、
自分が選ぶこととか行動とか。

個人主義をやるなら、
人からどう見られようと平気さと言えるような、相当に強靭な意志力と、
それ以上に、揺るぎない尺度を持ってないとですものね。

でもね、もうそうしないと生きてけないよとも、実感してるのだすよ。
言いたかないけどアラフィフになって。

だって、死ぬのは一人で、ですものぉ、生まれてきた時もだけど。

一人、を、ちゃんとやりたいなぁーって、すごく思って、このごろ。

丸諒は、親元から離れてすぐ超集団主義の世界に入ってしまったので、
よけいにかえりみちゃってるんでしょうね、
なんか間違ってこなかったかい、あんたーって。(- -;)

自分のものさし、欲しいですねー。
ちゃーんと計れる正確なやつ。

昔は、みんな何の疑いもなく、ひとつの文化の中で生きていたから、
(村とか信仰とか習慣とか血縁とかね)
このものさしも自然に持ってたんですって、弊害はいろいろ抱えつつ。

でも、自我に目覚めた近代人として、そういうしがらみを一気に断ち切ったことで、
価値観から何から、全部自分で作らなきゃいけなくなっちゃったから、
今はとても大変な時代なんですって。

みんな、ものさしが見つけられなくて、心の病気を呼んじゃったりするって。

でももう、同じものさしは二度と手に入れられないわけですよね、
自我というパンドラの函をあけちゃったから。

その方が本来だし健全なんだけど、でも大変、自分で探さなきゃだから。

そのものさしが、丸諒はひとまず個人主義にあるのだろうと、
思っているのです、今。

(ひとまず、というのは、日本には日本人に合った西欧型でない個人主義が、
 やがて生まれてくるはずだ、と思っているからなのですが)

このドラマを見ていると、その辺がひしひしと来るんじゃないかと、
思うんですよね。

それで、見ていただきたいのです、どう?どう思う?
って、聞きたいの、みんなに。(笑)

まあ、とにかくカッコいいドラマですから。
映画みたいですよ、曲といい撮り方といい。

あのイセヤユースケという人には驚きました、次郎さんを演ってるんですけど、
『ブラインドネス』という映画に引き続き、ヨくって、しばらく注目しちゃいそう。

そして何より、原田芳雄さんが素晴らしいです。
あのセクシーな、男の権化のような人が、吉田茂にクリソツに化けちゃった。
ホントいい芝居するよなぁ、、、僭越すぎちゃうけど、こんなこと言うの。

白洲次郎と白洲正子という、個人主義の上に立脚した夫婦のあり方も、
ぜひ感じ取っていただきたいですねぇ。

個人主義の女性って、丸諒も、コワっ、と思ってましたけど、
自分をみつけるための苦しい闘いをしてきた人だったんだなーと、
とても共感できましたね。

って、結局まわし者になってるじゃん!(笑)
いや、でもね、国営放送でこういう、
個人主義と正面から取り組んだドラマをやるか、というのがまず驚きで。

日本人も、過渡期に入っている表れかなーなんて、
このところの自分の感覚に、ちょっと後押しもらえたようで心強くて。

こんな個人のしがない日記で、日本人とか主義とかデカいこと言ってる女、
どーよ、とも思いつつ。(笑)


                      *  *  *
[PR]
by rosegardenbel | 2009-09-20 00:00 | ラ・ヴィータ・ローザ

人は見かけが9割 

                      *  *  *


先般の選挙で、丸諒の街に渡辺善美さんが応援演説にきました。
やっぱ濃ゆい人だったですよ~。

でもこれ、いい意味で、ね。

毛穴からアブラ噴きだしまくりのその辺のオヤジ風情でいらはるのに、
(無礼者っ…(^o^;)ゞ )
群集の真ん中に立っていたのは、代議士のオーラそのもの、でしたよね。

ただの人垣を、
巻き込んで喜ばせて、血の通った味方に変えちゃうんですぜ。

どんだけパワー持ってんだ、って人だった。
あーこの人は本物だ、と素直に思えましたね。

いや、丸諒、別にみんなの党員じゃないですからね、
宣伝するつもりも更々ないけど、ここに書くほど嬉しかったのは、

あの人、全っ然ハンサムとかイイオトコじゃなかった。
けど、男前だと思った。

選挙のための熱意じゃなく、生き様を感じたからだと思います。



人は見かけが9割。
と、言いきられたらぐうの音も出せない世の中に、なって久しいですね。

丸諒も美男美女は大好きですが、昨今いよいよ、
この「9割」ってヤツが、本気で信仰されてきてるように思えて、む~~~。

なんか、今の日本は "一億総 若く美しくならなきゃ病"に罹ってるように、
丸諒にはみえます。

いやたしかに、デ部で中年のオバチャン丸諒には、やっかみもありました、
(ええ、正直に白状しますよ、ええ、ええ)
けド、このごろ、そんな呑気な話も通りこして、

この現象にはちょっと、うす気味悪さを感じるのですよね。。。

これって、価値観とか美意識が洗脳されてるってことじゃないかい?
とね。

それはこの国に、健全な個人主義がないことにもよると思うんですが、
まあ、この話は次回に置くとして。

見た目が9割も、見るポイントが違えば問題ないんでしょうけど。
それこそ、この言葉の見た目に侵略されている気がするのが、
なんだか不愉快。

人間は、美しい人は信頼できると、つい思ってしまうものらしいのですが。



アメリカでの心理学の実験です。

公衆電話の返却口にわざと10セント硬貨を残して出てきて、
次に入った人が電話を終えたら「10セント玉、ありませんでした?」 と聞く、
と、

仕掛け人が高価なスーツを着ていた場合には「あ、ありましたヨ」
と硬貨を渡してくれるのだが、
みすぼらしい身なりをしていた場合は「知りません」 と返してくれなかった。

仕掛け人は同じ人です。
なのに、、、こうなのさ。

人は外見にどのぐらい影響されるか、という証明だそうで。

これがほんとなら、美男美女の殺人鬼に遭ったらいとも簡単に殺されるし、
極悪犯顔の善き人には寄り付かないってことですよね、
実は幸福に導いてくれる人だったかもしれないのに。。。

しかしこの実験、アメリカ発というところに丸諒は、んんん?
というものを思う。



かの合衆国を支配 (語弊はあるがまあそういうことだろう) しているのは、
概ね、白人(W)でアングロサクソン系(AS)でプロテスタント(P)=WASP
の上流に属するみなさんですよね。

フィッツジェラルドの小説ではよく、
この上流WASPになりたい中流の人々が描かれています。
WASPの中でも、上中下のような明確なランク付けがあるのですね。

AS=血筋は最終難関として、ひとまず、野望にかられた人たちは、
マナーとかスタイルとか、上流のしかるべき見かけの習得に頑張るわけです。

が、上流の中には、そういうことに無頓着な人たちもいる。
デ部だろうがねるシャツ着てようが (^o^;)/ 本物だから無関係にのびのび。

しかし、いざとなった時はものすごい活躍をするんです。
上流WASP社会って、鉄の結束で個人を越えた力を手に入れられるのでね。

すると、頑張ってる人々は、自分たちがニセモノである事実に迫られちゃう。
中流以下で能力を自負する人ほど、この輪の中に入りたいわけですよね。

だから更に頑張る。
閨閥にしろ抜擢にしろ、個人でパワーを発揮するには、まず、
魅力開発が必須だと。

ゆえに、見かけづくりに狂ったように腐心することになる。
ってループでしょうか。

悪循環というか、崇高なる向上心の蟻地獄というか、
ほんとに複雑な国ですよね。
もしかして、あの国のパワーの源泉は差別にあるってことなのかい?

10セントの実験結果は、他の国でも成り立つんだろうか。

かの国以外の価値観がほとんど入ってこないこの国では、
この頑張る人々の表層だけを、よきお手本に、
してしまっているんじゃなかろうか。



……丸諒、むかし渋谷駅の券売機で、お外暮らしのレゲエのおじさんから、
お釣りの20円ちょうだい、って手のひら出されたことがある。

迷ったけど、あげなかった。

丸諒があげたら、他の人にも同じことして迷惑を引き起こすことになるかな、
と思って。

でも、あげれば、おじさん、何かひもじさから救われるとか、
あるかな、とも思って、すごくすごく考えたし、悲しかった。

で、何年もたって新宿駅で同じことに遭遇したとき、今度はあげた、50円。
見てたけど、そのおじさんは別に他の人には無心してなかった。

渋谷のおじさんにもあげればよかったかな、って、今でも思ってる。

でも、お金あげなかったのは、おじさんがバッチかったからじゃなかった。
どういうことになるか読めなかったから、それだけだった。

ああそうだ、新宿のおじさんは、目が堂々としてた。
もしかしたら、それが決め手だったのかもしれない。。。

まあ、これは、閑話休題。(- -)ゞ



丸諒の憧れは、かの世界一の絶世の美女、カトリーヌ・ドヌーヴさまです。
でも、好きになったのは、あの方が40をお越えになってからでした。

あの、生きたフランス人形のような若い頃には、全然興味なかった。
つまらなかったんですよね、美貌が完璧すぎて、いつも同じ顔で。

今のドヌーヴは、とても人間味が溢れていて本当に素敵です。
親しげな隙が加わった。

それは、身体に貫禄がついてから見られるようになった表情です。

あのドヌーヴでもこんな崩れ方、もっとハッキリ言うなら中年太りするんだ、
という衝撃そのものが、丸諒の憧れを更に強めてくれたのです。

だって、太ったことにまったく怯んでないんだもん。
むしろ現在の方が楽しげな風情に感じられるのは、気のせいじゃないような。

フランスって、大人の国じゃないですか。
すかぱーでフランス製作のテレビドラマとか見ていても、
魅力あるヒロインとして登場するのは、50代だったりしますからねぇ。

美しいスタイルをキープしている女優さんたちもいるけれど、
中年太りでいて色気たっぷりの主演女優も多いですよね。

素敵とか、憧れの種類が、ほんとうに豊潤な国だと思います。



アメリカの、オンリー若さイズびゅーてぃふるは、本当にヘンだと思う。
ハリウッドでは、年とって肥えた女優には仕事こないですよね。

ところがお一人だけ、これが許されているお方が。
はい、メリル・ストリ―プさんですよ。

ドヌーヴとメリルという、60を越えてなお、
抜きんでたキャリアで主演女優の座に燦然と君臨し続けている大女優たち、

このお二人が率先してこの道を歩いてくれるというのは、
力強い援護射撃ですよね~、丸諒ふくむ微妙な年代のアラフィフ組には。

そして、わが国でも松坂慶子さんが、
この路線を歩みだしていらっしゃいます。

丸諒、不思議です。
ドヌーヴさまは別格として、このお二人はそれぞれの国で一番好きなのです、
理由は全然ちがいますけど。

奇しくも丸諒が気になって注目し続けてきた女優さんたちが、
皆さんこの道を切り開きはじめている。。。ど、どゆこと?

美貌はなかったがスタイルだけは誉められていた嘘のような過去がある丸諒、
なんだか運命的なものを感じてしまいますー。(笑)



しかし、ハタと思うのは、ドヌーヴさまもメリルさんも松坂さんも、
なぜ見かけをとり戻そうとしないのか。

あのクラスの女優なら、人工的に体型を戻すことだって出来るだろうに。

それはね、三人が自分の存在そのものをブランドにされたからです。

金は、いびつだって金でしょ。
形の悪いリンゴは売れないけど、金に形は関係ないでしょ。

それが、金が金である所以。

この大女優たちは、まごうことなき金に、自分でなったんですよね。
体型をいじらなかったことで。

人の自然を生きている女優たち。
これがどれだけ凄いことか。

本物の自信に裏打ちされているから、
見かけの変化なぞ、むしろ堂々たる生き様の証しでしかない。



存在の輝きが見かけを凌駕する、そういう生き方。

そうして、それがそのまま、誇り高いプレゼンになる、そういう人生。

浅くない。

いいなぁ。
丸諒もそういう風になりたい。

丸諒は尊敬する。

押して女性は、いや、人は、だな、
この女優たちの在り様を刮目すべきだと思うのでありました。

かなり遠いけど、真実、目指し甲斐のある道です。



見かけは大事ですよね、確かに。
容貌が美しければ変化も受け入れられる、ということも事実だし。

でも、
フツーのおいちゃんオバチャンを美しくしていく世の中の視線があったら、
ものすごく素敵な国じゃありませんか?

いい加減、大人の国にしませうよー。

丸諒もう、心によくないダイエットとかはやめよ。
健康のための色々はしていくけど、そんなことに怯えるのはもう嫌だ。

本物は見かけじゃない。

・・・なんだか赤裸々な御開帳になってしまったなはは。
でもぉ、ようやくここに来れて、ホッとしました。

実は書くのに何ヶ月もかかってしまった日記だったのでした。(^o^);ゞ



                      *  *  *
[PR]
by rosegardenbel | 2009-09-05 00:00 | ラ・ヴィータ・ローザ