劇団離風霊船 山岸諒子の徒然をつづる雑感ノート 「ラ・ヴィータ・ローザ」です


by rosegardenbel
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<   2008年 07月 ( 3 )   > この月の画像一覧

ばwwいwwぶwwれwwしょwwん

               *  *  *

       

わ~、なんか久々に気が晴れたゾ、うれしー。

朝、PCメールチェックをしたら、
しばらくご無沙汰だった大好きな女の子からお便りがきてて。
彼女の新しいネットコミュニティへのお誘いのメールだったんだけど、
うれしくてうれしくて。

それは、彼女に選ばれた人だけがいていい村なの(笑)
まるで、だいじなひとグループに入れてもらえたようで、
なんか、ちゃんと繋がってて、
心情的に近い存在だと思ってもらえてるのかな、ってことが、
とてもとても、心をあたたかくしてもらえたのですね。

このところ、、、ステージをやるようになってから、
人とのつながりのことを、すごく考えるようになってて。

ステージって、それも毎月とか続けてると、
経済で言えば、日銭を稼ぐお商売と似てるなって、感じがします。
人をお金にたとえるならね。
やってきては動いていくから、色んな「今」がクリアに見える。

舞台は、銀行かな、貯金。
奥深くにしまっておいたものを、ある段階でぜんぶ引き出す感じ。
で、わ!こんなに少なくなってたのか、ってよく驚いたりもする(笑)

そう、わたしたちには、世間さまにとってのお金が、人なんですよね。
新しくて素晴らしい人たちとのご縁が結ばれる一方で、
それまでの関係の真贋?まあ、贋とは言いたくないのだけれど、
そんなもので、このところちょっと心が弱ったりしてたのですね。

贋は相手のことじゃなくて、自分の向きあい方ですね。
その人をちゃんと分かってあげないで、
時々の都合や弱さだけで、勝手に繋げてしまったものだったのか……
とかね。

贋ものづくりしかしてこなかったんかい、あたしはーっ、と、
自分のこれまでの心の履歴が見えたようで、
いい加減な人間だよなぁ~、と、そんな辺りで、弱っていたのです。

それがね、
鎌倉で琢磨仁さんとご一緒させていただいているわけですが、
この方が、、、弱輩の放言を承知で言わせていただけば、
人格がとても高いというか、ものすごい愛の人なんです。

大きな大きなオーラで、
本当に世界中を愛しているんじゃないかっていう、
そして、人智を越えた力を持ってるような方なんですよ。

この前のミルクでの別れ際に、おおーってハグしてもらったんですが、
その途端にねえ、なんか、入ってきたんです、パワーみたいなのが。
なんというか、
すごく気持ちのいい波動に、すっぽり抱きとめてもらえたみたいな感じで、
スーッと、穢れとか心配とかが全部、流されていったのが分かった。

あたし、海の神様に会っちゃったのかも、、、って、思いました。
不思議でした~。

それでね、その戴いたパワーは、核だけがどうも、
今も生きてるっていうか、
なんか、あれ以来すっごい勘が冴えるようになって。
人の気が滞ってるのが、なんだかよく見えるようになったんです。

あ、この人は大丈夫だなとか、
あ、この人、明るげだけど、今かなり弱ってる、とかね。
脳に、推察とかの思考が来るより前に、ぜんぜん違う部分で、
その人の空気のかがやき方を、直接感じちゃう、っていうか。

これって、松果体?
チャクラ?三ツ目が通る?あたし?
これこれお調子ノリ(笑)
だけどそんな感じが、会わずにメールとか読むだけでも、
なんか、来る。

それもあって、だったのかなぁ、この、最近の人への敏感さは。
今、自分の周りの人、
なんか詰まってるなぁ、って印象を受けることが多いんですよね。。。

このところの気のふさいだ感じは、
必要以上にその重さを感じちゃったとか、
それによって、人と切れてる感じを思ってしまったからかもしれない。

みんな、自分のことに必死で、そこにあたしが入る余地はないのかな、
みたいな。
それって結局、あたしこそが、その人にとって贋ものってことじゃん、
と。

仁さんのきれいなパワーに触れた反動かもしれません。
知ったひと全員にとって、本物の人間であるなんてことはあり得ない、
と思ってたけど、仁さんはそういう人だから。

そしたら、今朝のメールだったから、
心底、よかったぁ~、ってホッとしたんですよね。

あたしにだって、ちゃんと作ってきたもの、あったゾと。
彼女も、会う人がみんな本物を感じるタイプの人で、
ご無沙汰が嵩じて、このまま切れちゃうのかな、ってぐっすんだったから、
よけいに、村民に(笑)なれたことが嬉しかった。

好きな人に好きでいてほしい、
あたしはホンットに、それだけで生きてるんじゃないだろうかと、
時々おそろしくなるけど(苦笑)

まあ、その反面、を思うと、
自分のあまりの身勝手とだらしなさが身に迫り、
この愚か者の旅が、また果てしなく続いていくわけですが。
そうして貯金はどんどん目減りしていく、、、あぁー (_ _;)

せめても、悪い気だけは出さない人間でいたいと、
これは本気切望ですね~。。。

ああ、よかったよ、ほんとに。
おかげで、滞っていたことを片付けられる勢いをもらえました。
あさってはリハだし、この二日はちょっと頑張らないとなぁ。

海にいきたいなぁ。
朝とか、曇った日とか、人のいない海辺をひとりじめしたい。
この、山の産の人間にとっては、
心情的にももっとも遠いものだったりしてきたのだけれど。

湘南の人の仁さんが、
あんな凄いグッドバイブレーションを出しているんだもの、
行けば、海、あたしにも力をおすそ分けしてくれないかしら。

扇風機をファジーモードにして、風の音を海潮音にみたててみる。
ちょっと癒される(笑)
夏なんだなぁ~。


               *  *  *
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by rosegardenbel | 2008-07-16 00:00 | ラ・ヴィータ・ローザ

つれづれに思うこと 

               *  *  *

なぜか最近、耳の奥で鳴っている言葉がある。

  ~ そんなにレッスンしなきゃいけないなら
    あたしはバレエを嫌いになっちゃうわ ~

アンナ・パブロワだったか、天才プリマが、
一日中バーに向かっているバレエ学校の後輩たちのことを知って、
驚いた言葉。

プリマは実際、数時間ぐらいしかレッスンしなかったらしく。
あれ?
もしかしたらマーゴ・フォンテーンだったっけ?
いや、タリオーニか?
誰だったかは忘れたけど、天才プリマの言葉として知ったのは確か。

ともかく(笑)
もはや真偽のほどもどうでもよい感じのまま、この言葉だけが、
けっこう何十年も、頭のすみにずっと引っ掛かっていたのでしたが、
 (自分に何十年があるのがまた恐ろしいが…)
 (あ、信じがたいことに幼児期ちょっとバレエをやっていて)
うーん、たしかに。。。と。

根をつめるということを思う時、よく頭にのぼってくる言葉なのです。

そして、それとは真逆に、
努力し続けられるということは、その道の才があるということなのだよな、
とも、思うのであります。

  ~ 努力すれば必ずできるようになる、というのは
    才能のない人間には当てはまらないんですよ ~

むかし、これもバレエ学校の生徒だったというイギリス人のおばあさんが、
何かの番組の中で言っていた言葉で。

何かに取り組むとき、努力、ということをする時、
この二つの身も蓋もない言葉が(笑)
しかし、なぜだか自分の支えになってきたのですね。

別に、才能とか関係なく、やりたいからしているのだと、
いつもそこに戻っていく言葉として、あるってことなのかな。

かといって努力家とは、とても言えないナマケモノ筆頭の自分なのですが、
自分の意志と、手と、頭と、身体と、
そんなものを感じながら、一つ一つ掴んでいくことに、
安らぎを覚える体質なのだなと、なんだか自覚したんですよね、
あらためて、最近。

その意味では、あたしは幸運ということを信じていない。
幸運に抱かれると、不安になる。
どうしたらいいのか、途方に暮れるのが、正直なところなのです。

幸運は、自分の手応えとは関係なく訪れる、不条理なギフトだから。

自分が自分の手で導きだした結果ではない、ということが、
いつまた勝手に去られても不思議ではない、
その恐怖も一緒に連れているから、
なのだと思うのです。
あたしは、そう感じてしまう。

だから、いつでも失えるように、
失っても、無関係に自分はちゃんと立っていられるように、
幸運は、心から享受して楽しむ、出来事のひとつにすぎない、
そう、思って、いるのですね。

このところの幸運続きが、自分に根ざしたものだとは思えないだけに、
本当に、ひとさまからの戴きものであって、
自分が艱難辛苦して取ったものではないから、
この怖さを、どう消化したらよいものか分からず、
せめてもただしく見極めていたくて、
人や自分やものごとを、どんどん俯瞰していってしまう。

そして、裏腹に、この波を切りたくはないから、
----だって、無縁だと思っていた「ふってわいた幸運」なのですもの
自分の努力で、その波を寄せつづけさせることができるならと、
自身をこれでもかと煽りつづけても、しまう。

人を鏡にしながらね。
ま、よくその鏡は、使いすぎてすり減らしちゃうんですけど (- -;)

ほんっとに、小心者っていうか、石橋を、叩いて叩いて、
ピシッとかいって壊れる寸前にひゃー!って、走って渡るタイプ。
潔し、という言葉は、むかしからの憧れです。

幸運は、おそろしい。
この先まだまだめぐって来てくれと思うから、なお恐ろし。

努力の道は、また味気ない砂漠のように、広大で、無で、
オアシスが、待っているのやも分からぬまま歩きつづけるということが、
何より一番、くるしく弱くすることで。

そこにいきなり、天雨の一滴が落ちてきたら、、、
そりゃぁ、死に物狂いでのどに受けようとしますよね。

そうか、、、乾いているか、それが大きいんだな。
乾いていれば、ただシンプルに、幸運は享受する以外のなにものでも、
ない、のだ、きっと。

うむ。

またひとつ、自分の傲慢と脆弱と馬鹿さ加減に気づいてしまった。
裸じゃないんだなぁ。。。
思い出すのだ、人魚姫を。


お返事、きたかしら。
いやいや、業務連絡のメールを待っていたのですね。
そんなつれづれに、こんなとりとめなきことをば、
あまりにもとりとめなきまま。。。

ちょっと、心を塞ぐこともあったりして、
それがどこから来ているのか、書いて見つけたかった。

とか言ってるうちに、瀬戸から電話がくるし。
小道具の刀、本振り3組の在り処はいずこ?と。
若手の自主稽古におもむいて、殺陣をつけてやってるらしいです。

彼は本当に、ああみえて努力家。
そして年々歳々、シンプルに拍車がかかっていく、のんびりカメさん(笑)
素敵です。

たゆたってみても、答えはなかなか出せず。
むしろなんだか分かんなくなっちゃったような気も…… (_ _;)

あたしも、やるべきことに戻りますか。


               *  *  *
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by rosegardenbel | 2008-07-11 00:00 | ラ・ヴィータ・ローザ
               *  *  *


書こうか書くまいか、、、
知ってほしいけれど、何か不遜なものもみえそうで、
こわくて、、、
迷ったことだったんですけど、
寝て起きても、どうしても頭から離れないので、
文字に記すことにしました。

夕べ、芝居をみにいったのですね、
かつての相手役が出演している。

そこで、素晴らしい女優さんを見てしまったのです。

その方は、音のない世界に生きているひと。
ご自分の声も、なので、持っていないひと。

あたしと同じぐらいか、もう少し大人の女優さんで、
台詞は全編手話で語られるんですね。

でも、ホンが、かつての楽天団----岸田理生作品でしたから、
紡ぎだされる台詞の深さの中に、魂があるのですけれど、
その方は、
だれよりも雄弁に、その台詞たちを繰り出していらした。

魔法のようにうつくしい手と、腕と、そして、お顔で。

全身が言葉なんです。
気持ちなんです。
身体のすべてが、リズムであり、心の躍動であり、シーンそのもの。

それがとても分かりやすい。
とても伝わってくる。
心の襞まで、ぜんぶ。

まったく嘘がないからだと思います。

シンプルに、懸命に、
一番大事なことだけを、まっすぐ、相手にぶつける。

余計な修飾をつけてたら、伝わらないどころか誤解さえ呼びかねないから、
なのでしょうかね。

その顔は、千変万化で。
一瞬たりとも同じ表情がない。
いま動いている内側、そのものなんですよね。

本当に、心をそのまま取り出してみせてもらえた。。。

うつくしかったです。
とても、とてもチャーミングでした。
心の暗部やエロスも含めたすべてが、えも言えぬたおやかさに溢れていた。

そのひとに釘付けになりながら、
考えちゃいましたよね。

裸の心を相手にあげるって、とても、とても、勇気のいること。
だけどたぶん、このひとは、
ずーっとこうして生きてこられたんだろうな。

それが心を磨き上げてきたのか、逆に、
うつくしい心の持ち主だったから、発露も魅惑的なのか、
分からないけれど、
生きることに芯を持って、自分や世界やあらゆることの、
真実をみつめ続けてきたひとなのだなと。

だって、もっと伝えたい、分かりあいたいって、きっとずっと、
思ってこられただろうから。

本当を受け取って、本当を送る。
それだけ。
なんと雄々しく、勇敢な、シンプル。

でもそこにしか、分かりあうという出来事は生まれないのかもしれない。

そうして、言葉----いやちがうな、声音、
声で伝えるということの、罠、、、かな、伝わることを前提にしている罠、
をね、
思ってしまいましたよね。

贅沢、なんて言葉を使うこと自体傲慢なんですけど、
ぜんぜん、ぜ~んぜん、活かしてないじゃないか、あたし、それを、
と、
ね、
てかおまえ、逆ばっかりやってるじゃないかよとね、
思っちゃいましたよね。

日常もですけど、役者としても、ハンマーで頭なぐられた感じ。
いやほんとに。
マイったなぁ~。

不思議なことに、あたし、あの方の声を知っている気がして。
芝居のあいだ中、普通に、ずっと聞いてた気が、してるんですよね。

今ね、内側のきれいな人とお知り合いになりたくて、
このところ、そういう方ばかりにお会いできているので、
なおさらに、それを本物にしたくて、
そんなことばかり考えているのですけど。

なんとか、あの方とも、親しくお近づきになりたいなと思って、
赤坂に来てもらえればいいかな、なんて思って、
あ・・・

そうか・・・・・・

ちょっとショックだった。
あらためて気づいた愚かしさとともに、
事実って、冷厳だよな。。。

それに、

伝わらないや、今のままじゃ、ぜんぜん。

そうか、そうだね。
英語の歌をうたうのに、少しでも楽しんでもらいたくて、
朗読など、入れているのだけれど、
そこにもちろん価値はあると、揺るぎなく信じているのだけれど、
でも、
どこかで邪道な気がしていたのは、そういうことだったんだな。

あの方に届く歌。

あの方みたいな歌。

あたしは、、、一生忘れないな、あの、心のすべてを映していたお顔。
たぶん一曲に向かうたびに、あたしはあの方と向き合う、これから。
思い出すたびに、
伝える、ということの魂の在り処を、しめしてくれるんだと思う。


うまく、言葉にできなくて、書いた意味もなかったかもしれないけど、
はじめて、ずっと追いかけてみたい女優さんに出会えました。

もう一度お会いしたい。
いいえ、いつか必ず、あたしにも出会ってもらう。

その時は、あたしのことも知ってもらうんだ。
こんな風に、一方的にじゃなく。
そうして、自信を持ってお話できる自分でいられるように、
あたし、なるんだ。

演じ手。
歌い手。
言霊。
こころ。
生きること。

ぜんぶ一つ。

折しも今日は、楽天団の勉強会じゃぁありませんか。
読みですよ、読み。

うん、、、だから、
新しい声を、ね、発見できたらいいな。


               *  *  *
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by rosegardenbel | 2008-07-07 00:00 | ラ・ヴィータ・ローザ